大江千里の50をハタチと数えたら #5

PND (Peace Never Dies)
共に苦楽を乗り越える千葉県生まれブルックリン育ちのぴとのいい話。

10年目に入ったアメリカ生活。マンハッタンが4年間、ブルックリンに引っ越し6年目。日本から僕とやって来たぴ(peace、ミニチュアダックス、女の子)は今年で10歳になった。音大に入って慣れない生活でクタクタな頃からいつも一緒に過ごしてきた。最初は屋根裏のような部屋でネズミと格闘。ルームメートと一緒の時も、ブルックリンに部屋が決まるまでのサブレットも、車でアメリカ大陸横断の時も、一緒だった。今はアメリカ各地のコンサートへ2人で移動する。機内の足元で一切声も上げずお利口にしてるのを見ると胸が切ない。キャリーバッグを取り出すと慌てて中に入り丸まる。そうすればダディとどこでも行けると信じているように。

最初六本木のペットショップでブルブル震えてた子犬があっという間にアメリカに馴染み、今やダディを誘導してブルックリンを悠々と歩く。苦楽を共にというと大袈裟だが、涙も笑顔も分け合ってきた同志。大学を卒業する時ジャズのデビューアルバムを作ったのだが、レーベルの名前をPND(Peace Never Dies)にし、アルバムにも同名の曲を書いた。明日は誰にもわからないが、夢に向かい一歩踏み出した時点で、それも「また別の形の夢」だと思う。ぴといると今日一日を一生の凝縮と思い素直に精一杯生きようと思う。朝5時に鼻を鳴らしお腹が空いたと訴えご飯を夢中で食べる。それが終わるとトイレ。散歩。ご褒美。遊び。繰り返しなのに毎回が夢中で新鮮。全身全霊で1秒を乗り越えていくエネルギーがすごい。

そんなぴも1年前背中を痛めヘルニアに。専門医に診せに行くと「手術をする」とのこと。だがその前に1、2カ月キャリーバッグの中で様子を見てみようと。万が一徐々に歩けるようになるかも、ということだった。一縷(いちる)の望みに向かい二人の挑戦が始まる。トイレとご飯以外はバッグの中。本人も後ろ足が滑って辛さがあるのでじっと我慢の子。寝るときもバッグごと枕のそばに置き、朝はバッグを抱えトイレでファスナーを開ける。用を足しすぐにバッグへ戻る。ご飯ができたらファスナーを開け鼻先へ持ってゆくとそのままの状態で完食。

2カ月ほど続けたある日、スタスタと歩き始めた。先生に報告に行くと「よくなってる」一日10分ゆっくり歩いてみなさいと。それから一日一日回復し現在に至る。諦めずに二人で乗り切ったよかった。今は床が滑らないようマットを置きベッドに上がる場所も階段を作って生活している。また一緒に歩いて朝晩散歩ができることがどれだけ幸せなことかを噛みしめる。「これからもよろしく!」を込め今日も精一杯。これからぴに恩返しの時間が増えるだろうが二人三脚だから当然だ。新しい物語をこれからも一個一個作ろうな、ぴ。

▶︎PND (Peace Never Dies)(YouTube)
卒業してすぐのデビューコンサートにて。@Zinc Bar

<大江千里(Senri Oe)>
47歳でジャズの音楽大学に入学、51歳で卒業、その年に自身のジャズレーベルを設立して、ニューヨークのブルックリンを拠点に4枚のアルバムをリリース。精力的に世界をツアーするピアニスト大江千里が中西部にやって来る。
「50をハタチと数えたら」は、50歳−30=20歳という筆者の頭の変換図式で、現在56歳-30=26歳という。2度目の「大青春」を泣き笑い謳歌する筆者がANGLE info読者に独占お送りする「抱腹絶倒」で「ほろり」とする「いい話」を10話お送りします。