男親の視点 空手道場から押忍!#3

勝つと思うな~♪

空手仲間でGloryというキックボクシングの大会を見に行った。メインイベントに出たロシアの若い衆はチャンピオンに値する資質と技を見せていたが、他の14試合は見ごたえがなかった。各ファイターの動きは試合中の数分間見ただけだが、私は練習に問題があることに気づいた。美空ひばりの柔という曲の一節に「勝つと思うな~、思えば負けよ~」とあるがその通りで、彼らの『勝つため』の練習が試合を通して透けて見えた。だから勝利が逃げてゆくのだ。

では、どんな練習をすればよいのか?答えはシンプルだ。『最強になるため』の練習を積むのだ。そしてその先に勝利は待っている。これは、似て全く非なるものである。前者は相手ありきの練習であり、後者は自己の基礎基本に重きを置く。空手に限らず基礎固めは地味でつまらない揚げ句に、血反吐を吐くようなつらい鍛錬もザラだ。だからついついテクニックに走り小手先で勝とうとする。レベルが低ければそれもよかろうが上に上がれば当然通用しない。Gloryで観戦した15試合が私にそれを確信させてくれた。

私は現役時代『重戦車松本』の異名をとり、無尽蔵のスタミナと脅威の打たれ強さを武器にガンガン前に出る攻めで日米8回の優勝を勝ち取った。他の選手の何倍も練習してむかえる試合は積み上げてきた努力の集大成であり、試合直前にはしんと静まり返った凪のような落ち着きと、例えようのない高揚感という間逆の感情を同時に味わったものだ。

しかし苦い思いもしている。道場を構えて間もなく大きなトーナメントにノミネートされて出場した。テレビ中継も入り、オープニングセレモニーで全選手がリングにそろったところを知り合いが見て驚いたそうだ。若く筋肉隆々の巨漢に囲まれた中年の小柄なオリエンタルはかなり場違いだったらしい。

しかし私はその時別のとてつもないプレッシャーと戦っていた。年齢も大きさもいつも練習で相手にしているやつらと変わらないし、年を重ねた分場数を踏んでいる。ましてや格闘技に隆々の筋肉は無意味だ。もっと別のプレッシャーによって私は自分を見失っていた。そしてそのまま試合開始。私は第1試合わずか数分でKO負けを喫した。理由は優勝賞金だった。それは当時の私にとって大金であり、家族と道場を守るために絶対に持ち帰らなければならないと自分で自分の首を絞めていたのだ。この試合、私は勝つために戦った。だからいつもの冷静さも高揚感も無くあっさり倒されてしまった。

もうじき平成も終わるらしい。そしてこの先いくらテクノロジーが進歩しようが、人の根っこはいつの世も同じ。欲を欠いても楽に逃げても報われることはない。それを昭和の歌姫が教えてくれている。今年の夏は涼しくてありがたい。さあ、今日もトレーニングに励むとしよう。

<松本保則>
格闘技歴50年、指導歴40年の元日米チャンピオン。20年前にシカゴ郊外アーリントンハイツに「士道館」道場を構える。趣味は愛犬の散歩。

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