【第287回】カザフスタン共和国

筆者が道を聞かれたほど日本人そっくり男女が往来する国

 久方ぶりにスタンのつく国へ出かけた。カザフスタンの道行く人々は日本人そっくりで、つい、「あら、和子さん!」、「まあ、桂君!」などと声をかけたい衝動に駆られたが、散歩中筆者も道を聞かれ微笑した。区別がつかないほど似ているのだ。そっくりといってもカザフスタンのほうが美男美女が多い。だが英語を話す人が少ないので道を聞くのには苦労した。我々が訪問したアルマトイは、カザフスタン南東部にある都市で、白い雪を頂いたアラタウ山脈に囲まれた風光明媚な街である。キルギス共和国との国境に近く、商工業やカザフスタン文化の中心地で、20年前までは首都であり約150万人という、カザフスタン最大の人口を有する都市だそうだ。観光の見所はあまりなく、28人のパンフィロフ戦士公園や中央バザールを訪問し、コクトベという1070mの山へ登って市内を展望したぐらいで、日本人墓地訪問が1番の出来事だったが、美しい街の散策を充分に楽しんだ。
 日本人墓地はアルマトイ中央墓地の一角と聞いて出かけたが、墓地が巨大で迷ってしまった。物乞いっぽい人に会い、「ヤポンスケ」と言ったら墓と墓の間の道なき道を連れて行ってくれたのでチップをはずんだ。広大な墓地で、1つの墓石の下に6人が埋葬されているとか、墓石は300ほどもあった。水力発電所等、種々の建設に従事した元ロシア抑留者たちだ。我々夫婦は海外でよく日本人墓地にお参りする。ニューカレドニア、フィリピン、ミャンマー、モンゴル、ウズベキスタン、そしてここカザフスタンで。第2次世界大戦後日本人抑留者たちが強制労働に従事させられたのだが、ウズべキスタンではそれら日本人抑留者たちの墓を守ってくれているファジールさんと出会い、お茶まで頂けた。が、ここカザフスタンの日本人墓地には墓守は居ず、案内してくれる人がいただけ幸いだった。
 墓地から帰ったら寿司屋ですね!「カザフスタンに寿司屋があるとは!」と驚いたが、ホテル界隈の散歩道の行き止まりにOcean Basketという寿司屋を見つけておいた。日本の大抵の寿司より美味だった。「日本人です」と写真撮影をお願いしたらVサインをしてくれ、大サービスだった。カザフスタン唯一の事件は空港からホテルまでのタクシーの客引きが一緒に乗り、高額を吹っかけてきたことぐらいだ。乗る前は1,000テンゲ(約360円)という約束だったが降りる時「20,000テンゲ!」と。が、ホテルの受付につき合せ、5,000テンゲで手を打った。その後、国立中央博物館に入り、かつてこのカザフスタンの大地をかけ巡った古代遊牧民の骨や衣装の展示にロマン空想のひと時を過ごした。

(右上から時計回り)寿司屋のOcean Basket。国立中央博物館。宿泊ホテルのレセプションにて。アルマトイの散歩道。アルマトイ空港。日本人墓地。

文・写真/小川彩子

筆者プロフィール
<小川律昭(おがわただあき)> 86歳
地球漫歩自悠人。「変化こそわが人生」をモットーとし、「加齢と老化は別」を信条とし、好奇心を武器に世界を駈け巡るアクティブ・シニア。オハイオ州シンシナティと東京、国立市に居所を持つ。在職中はケミカルエンジニア。生きがいはバックパックの旅と油絵。著書は「還暦からのニッポン脱出」「デートは地球の裏側で!夫婦で創る異文化の旅」。

<小川彩子(おがわあやこ)>80歳
教育学博士。グローバル教育者。エッセイスト。30歳の自己変革、50歳過ぎての米国大学院博士過程や英・和文の著書による多文化共生促進活動は泣き笑い挑戦人生。「挑戦に適齢期なし」を信念とし、地球探訪と講演・発表の日々。著書は「Still Waters Run Deep (Part 1) (Part 2)」「突然炎のごとく」「Across the Milky Way: 流るる月も心して」ほか。
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